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動物を殺す その3 ニュース記事に関連したブログ

2012/02/28 13:15

 

 子供の頃、近所の教会に通った事があります。 我が家は仏教なのですが、日曜日の早朝子供の面倒を見てくれる危篤な所だと、両親は気楽に通わせてくれました。

 当のワタシはと言えば、教会に行くと色々面白い話が聞けて、綺麗なカードが貰えるので喜んで毎週通いました。

 

 カードは今思えばアメリカのクリスマスカードの売れ残りだったようですが、当時(昭和30年代)は綺麗なカードなんか売ってもいないので、子供達は皆喜んでいたのです。

 

 そしてそこで「先生」(宣教師)の話は、子供心にも概ね合理的だと思ったので、ワタシはキリスト教徒になっても「良いかなあ・・・・」とか思っていました。

 

  

 

 しかし何と言うか違和感もありました。 その一つがやたらに羊の話が出てくることです。 

 ワタシは当時大阪に住んでいたのですが、羊と言うものを見たことがありませんでした。 「メリーさんの羊」ぐらいしかイメージがありません。

 だって家畜だと言う事で、動物園にもいないのですから。

 

 そして聖書で出てくる羊や羊飼いの元になる遊牧文化など、そもそも当時の日本人の殆どが知らなかったのです。

 だから東大教授は「騎馬民族国家説」なんか唱えたのです。

 

 また我が尊敬する塩野七生さんさへ「羊飼いは99頭の羊を置いても、一頭の迷える子羊を助ける」と言う言葉の解釈を間違っています。

 

  

 

 塩野さんはこれを非現実的理想主義と解釈されました。 しかし遊牧文化に付いての本などを読むと違うようです。

 

 遊牧の対象になる動物は北はラップランドのトナカイから、南はマサイ族のコブウシまで、皆群れを作る性質のある動物です。 これらの動物は常にギッシリと固まっている性質があり、お互いに群れの中へ中へと潜り込もうとします。

 

 そしてこうして固まっていると、狼やライオンといえどもそう簡単には、襲う事ができません。 彼らが襲うのは、怪我や病気などで、或いは不用意に群れから脱落した者です。

 

 だから羊は99頭固めて、安全な場所に置けば、2~3日放っておいても大丈夫なのです。 しかし迷える一頭の羊はそうは行きません。 

 だから羊飼いは必死にそれを探す訳です。

 

 遊牧では一人の羊飼いが、時には数百頭の羊を連れて、水や草を求めて、柵も囲いも無い原野を移動します。

 

 もしも99頭の面倒を見るために迷える一頭を諦めるしなかないなら、今日一頭、明日一頭と羊は減っていき、数ヶ月で群れは雲散霧消してしまいます。

 

 だからこの話は羊飼いとしては、極めて日常的な仕事に例えて、「神様は幸福に安全に暮らす人よりも、困っている人を優先的に助けてくれる」ぐらいの意味ではないかと思います。

 

 遊牧文化に生きる人々、キリストの時代のユダヤ人にとっては、日本人が稲作の話を聞くほど日常的で合理的な話だったからこそ説得力があったのです。

 

 しかし塩野さんが解釈を間違えるぐらいですから、日本人が聖書やキリスト教を理解できないのは当然ではないかと思います。

 

  

 

 しかしこましゃくれたガキであるワタシは、小学校も高学年になると、更に根源的な疑問を感じました。

 

 キリスト教では良く信者や人間を羊に例え「神の子羊」とか「迷える子羊」と言います。 そして信者を導く人を羊飼いに例えます。

 プロテスタントでは実際に信者を指導する聖職者を「牧師」と言います。

 

 でもね、羊飼いって羊の乳を搾り、毛を刈り、挙句に殺して食べるんじゃない?

 羊飼いが羊を飼うのは、動物愛護ではなく、生活の手段です。 

 

 コイツラ、信者を食い物にしてる!!

 実際隣国のキリスト教の牧師なんかまさにその通りではありませんか!!

 

 しかし遊牧文化、更に牧畜なしで生きていけないヨーロッパの文化でも、この事は全然気にならないようです。

 

 彼らは日常的に家畜を飼い、またそれを自分の手で殺して食べます。

 それに付いて彼らは自分達の家畜への愛情を全然疑わないし、それを殺す事に疚しさも無いのです。

 

 だから「牧師」などと言う呼称も、彼ら自身が決めたのです。

 

 彼らにとって家畜を愛し殺して食べると言うのは、日本の農家が米を大切に育て、それを刈り取って収穫し食べる事に何の疚しさも無いのと同じなのです。

 

  

 

 ワタシは日本人ですから、このキリスト教世界の動物感は、理屈では理解できても感情では受け付けません。

 これはワタシがキリスト教徒にならなかった一因だと思います。

 だって宗教は理性ではなく感情で信じるものです。

 

 しかし動物を殺さなければ生きていけない人間にとって、自分達の生活の糧になる動物を愛し慈しむと言うのは、当然のことです。 

  

 この愛情は崇敬は、所謂動物愛護などなどより、遥かに真摯で誠実なのです。

 

 人間が自分の生命を支えてくれるものを、愛し崇敬せずにいられるでしょうか?

 

 実際、家畜のことを最も愛し慈しみ理解しているのは、畜産業者です。

 野生動物を最も理解し、崇敬するのは狩猟民なのです。

 

 「動物を殺すな」と言うのは一見、慈悲深く善良に思えますが、実は自分達が生きるための営みを省みず、その厄介事を他人に委ねての傲慢と偽善と無知以外の何者でもないのです。

 

 そして「動物を殺す」と言う事で他人を非難するのは、自分が感情的に受け付けない他国や他民族への悪意と差別以外の何者でもありません。

 

 今の反捕鯨や「ザ・コーヴ」などで騒ぐ連中を見ていると、このような他文化理解と感情の抑制を失った、理性の衰退と欠如を感じずにはいられません。

  

 

 これはバッハのカンタータ「羊は安んじて草を食む」です。 民の平和と幸福を守る領主を讃えてるカンタータです。

 これをこちらのブログ主に捧げます。

 

 http://ni0615.iza.ne.jp/blog/entry/1656557/

 

 このブログ主のような独善と無知と理性の欠如こそが、他民族他文化を破壊してきた元凶なのです。

 馬鹿につける薬は無いのですが、少しつけて差し上げたいと思いました。  

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動物を殺す その2 ニュース記事に関連したブログ

2012/02/28 13:15

 

 ジュール・ルナールの傑作エッセイ「葡萄畑の葡萄作り」は、19世紀末のフランスの農家の生活を簡潔で生き生きと描いています。

 このエッセイは豚の屠殺で始まります。

 

 筆者ルナールが懇意の農家に豚の屠殺に招待され、その一家と共に豚を屠る場面が描かれているのです。

 

 まず豚を男達が押さえつけ、喉を切り、吹き出す血を女が皿で受けます。 そして死んだ豚を解体するのです。

 

 日本と違いヨーロッパの農家は、所謂畜産農家でなくても、普通食肉用の家畜を飼っています。 そして豚など大型の家畜は年に何頭かを屠殺して、自宅でベーコンやソーセージなどにして自家用の食料にするのです。

 

 だから自分の家で子豚のときから、可愛がって育てた豚を自分で殺して食べます。

 

   

 

 しかし一頭が80~100キロにもなるような豚を解体するのは大変な作業です。 まして冷蔵庫の無い時代は、屠殺したらその日のうちに塩蔵や加熱をして、長期保存ができるようにしなければなりません。

 

 だから屠殺は一家総出で、時には親戚や近所の人達の手伝いを頼んで、一日がかりです。

 男達が切り分ける肉を、女達が手分けして塩漬けや、ソーセージなどにします。 血の一滴、内臓の一切れも無駄にしません。

 

 そして作業中に解体中の肉を調理して、作業をする人々に振る舞います。 新鮮な肉は屠殺中かその直後にしか食べられないご馳走なので、皆それを楽しみにします。

 

 まるで日本の餅つきのような感じで、一家親戚総出で餅をつき、時々つきたての柔らかい餅を食べるのと同じ感覚です。

 

 ルナールの文章を読んでいると、淡々とした描写の中に、作業をする人達の楽しげな様子が伝わってきます。 でも普通の日本人であるワタシは、真面目にその場面を想像するとのけぞってしまいます。 

 

  

  

 可愛い子豚に自分の手で餌をやり、その豚が無邪気に信頼してそれを食べるのを毎日見ていながら、それを殺すのは野生動物を殺すのとどちらが不道徳で非人道的なのでしょう?

 

 実はこの疑問はコンラート・ローレンツが「ヒト犬に会う」の中で書いていました。 

 ちなみにこのノーベル医学生理学賞を受賞した動物行動学者は、勿論農家ではありませんがオーストリアの田舎に家があるので、自家で豚を飼いその豚から取ったソーセージやラードを食べています。

 

 ローレンツに限らず、ヨーロッパで富裕な人達が田舎に農場つき邸宅を持っている場合は、農場で豚や牛を飼い、その肉を食べます。 自分の葡萄園で作ったワインを飲むのと同様、自家生産の豚からソーセージやハムを食べるのは富裕層ならでは贅沢です。

 

 そしてこれが道徳的であろうとなかろうと、人間は動物を殺さなければ生きていけません。

 家畜を殺すか野生動物を殺すか、直接殺さなくても、農業のため家を建てるため、動物の生息域を奪えば結局動物は死ぬのです。

 

 そして専業の肉屋や屠殺業者に頼れない田舎で肉を食べたいと思えば、自分で飼っている動物を自分で殺すしかないのです。

 しかも気候の関係で牧畜なしでは農業の成り立たないヨーロッパでは、農家は家畜を飼いそれを自分で殺して食べなければ生き延びる事ができませんでした。 

 

  

 

 ヨーロッパの文化はこの伝統の上に成り立っています。 だから動物と人間を峻別します。

 

 動物は可愛い。 まして自分が毎日世話をして育てている動物は本当に可愛い。

 

 でも動物を殺さなければ生きていけないのに、輪廻を信じて生類を哀れむ事はできないのです。

 

 人間が動物を殺さなければ生きていけない以上、動物を殺す人を非難などしない、してはいけない。 これが彼らの理性でした。

 

 お陰でヨーロッパでは肉屋が被差別民になるような事もありませんでした。 ヨーロッパでは昔は肉屋は自分で家畜を屠殺して解体して売ったのですが。

 

 だから今この文化を持つ筈の欧米で、イルカや鯨のヒステリックでセンチメンタルな愛護運動が盛り上がるのを見ていると、なんとも異様な気がします。

 

 結局、都市化が進み、自分で動物を殺す必要がなくなり、安易なセンチメンタリズムが横溢する事になったのでしょうか?

 これは欧米文化の堕落と生命力の衰退ではないかと思うのです。

 

  

 

 日本は昔から畜産をしなくても農業が成り立ったので、この動物を殺す文化は成立しませんでした。

 だから安易な偽善が横溢し、食肉や皮革製造に関わる人たちを、仏教の教えに反するとして、被差別民にしてしまいました。

 

 ワタシは部落開放同盟などの活動がマトモだとは思いませんが、しかし部落差別を作った仏教界や、これに同調する人々は許すべきではないと思います。

 

 だから今、欧米の反捕鯨団体や、「ザ・コーヴ」の上映に同調して太地の漁民を非難する日本人を見ると、この人々の精神こそが部落差別の根源だと思うのです。

 

  

 

 ワタクシ事ですが、先日叔父が亡くなりました。 叔父は岡山の農家ですが、母の一家は戦時中この叔父の家に疎開していました。

 ある日この叔父が鶏を潰して食べさせてくれました。

 

 母達は都会育ちですから、鶏を潰すのを恐ろしがったそうです。 すると叔父は笑って「そんなら食うてはいけんよ。」と言ったそうです。

 

 でも結局皆美味しく食べました。 それでなくても食料の逼迫した時代、こんな事を言う疎開者を気持ちよく引き受け、大切な鶏をご馳走してくれた叔父には、心から感謝しています。

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動物を殺す ニュース記事に関連したブログ

2012/02/28 13:09

 

 以前アイザック・ディネーセンの「アフリカの日々」を読みました。 デンマークの貴族出身の女性が、ケニアの耕地でコーヒー園を経営して暮らした日々を綴ったエッセイです。

 

  映画「愛と哀しみの果て」の原作で、女性の随筆文学の白眉と言ます。 「枕の草紙」とも比較されるそうです。

 確かに大変繊細で優美な表現で、アフリカの自然とその中で生きる日々を描いています。 

 

 しかしこの女性はやたらに鉄砲をぶっ放し、動物を殺すのが大好きです。

 肉や毛皮が欲しいわけではありません。 また動物が彼女の害になるわけでもありません。

 

 例えば友人を訪ねて車で移動中、キリンを見つけると、撃ち殺します。 死体はそのまま放り出して置きます。

 そして数日後帰宅途中、このキリンの死体の数頭のライオンが食べているのを見ると、今度はそのライオンを殺します。

 死体はまた放置です。

 

  

 

 日本人の感覚からすると繊細で育ちの良い女性が、罪も無い動物を殺すの大好きなんて、想像を絶しますが、ヨーロッパの狩猟文化からすれば普通なのです。

 

 ヨーロッパでは「動物が可哀相」と言う理由で狩猟を慎むと言う発想はありません。

 だから王侯貴族だけでなく、ローマ法王始め高位聖職者も狩猟を楽しみます。

 

 それどころか聖堂騎士団が異端として火あぶりにされた理由の一つは、この騎士団が戒律で狩猟を禁止していたことです。

 狩猟は大変贅沢な趣味で、猟犬や鷹狩り用の鷹など、皆非常に高価で、それ以外にも多額の経費が掛かりました。

 それで騎士団側は奢侈を戒める為に禁止したのです。

 

 しかし法王庁はこれを「輪廻を信じているから」と解釈し、聖堂騎士団を異端とする理由にしたのです。 

 

  

 

 このような贅沢な狩猟を楽しむ事ができるのは、王侯貴族、高位聖職者など限られた人たちだけです。

 これらの人々の狩猟の獲物を一般の人民が勝手に捕る事はできません。 狩猟どころか釣りさへ自由にはできないのです。

 

 森役人を置いて森を見張り、飢えた子供達の為に鹿を殺した農民を捕まえると、目玉をえぐり出すとか、一家全員を処刑するとかしました。

 

 聖職者が快楽の為に狩猟をし、一方で飢餓に苦しむ人には狩猟をさせないと言うのは、日本人の感覚では理解不能ですが、これがヨーロッパの狩猟文化です。

 

 少なくともヨーロッパの文化では、快楽の為に動物を殺すのが悪いという発想は無いのです。

 逆にそれを悪いと思うのは、つまり我々日本人が「輪廻を信じる」からで、キリスト教からすれば異端です。 

 彼らからすれば、聖堂騎士団の騎士達同様火あぶりにしても良いのです。

 

    

 

 この感覚は今も欧米で息づいています。

 彼らは今も動物を快楽の為に殺す事を全然悪いとは思っていません。

 

 狩はゲームです。 釣りもゲームです。

 ネットゲームでエイリアンを殺したり、昆虫を捕ったりするのと同じです。

 罪悪感など皆無なのです。

 

 彼らが悪いと思う動物殺しは、自然保護に反すると判断した場合です。 

 だから適正な数を保つために増えすぎた動物を殺す事など、全然問題にしません。

 

 しかし自然保護に反すると判断すれば、漁民や狩猟民の生活など知ったことではありません。 飢えた子の為に鹿を殺した農民の目玉を抉り出した伝統は今も生きているのです。

 

  

 

 しかもヨーロッパの文化は他文化を認める文化がありません。

 自分達の文化を絶対視して、それに反するものは徹底的に抹殺した歴史があります。

 

 思想宗教心情の自由が欧米で重んじられるのは、彼らが本質的に他者の思想や宗教や心情を認める事ができず、放っておけば殺し合いをしても他者のそれを否定する人々だからです。

 

 つまり血みどろの宗教戦争などを通じて、何としてもこれは止めなければならなないと気付いて作り出した発想なのです。

 

 しかし他文化と共存すると言うのは、このような厄介な文化とも折り合っていかなければならないと言う事です。

 だから日本も自分の主張を堂々と続けるしかありません。

 

 でないと抹殺されます。   

  

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慰安婦問題についての個人的感想 ニュース記事に関連したブログ

2011/12/22 00:16

 

 所謂「従軍慰安婦」に関する騒動に、私は大変興味があります。 これは歴史上の問題でもありますが、メディアリテラシー、また人間はいかに現実を認識するのかという問題の根源に、大変興味深い例だからです。

  私は昭和29年(1954年)生まれです。 また私の父は大正9年うまれで、元帝国陸軍兵士です。 母は父より3歳下です。
 当然、父や母から戦時中の話を聞いて育ちました。 

 さて「従軍慰安婦」と言う言葉が出て、問題になりだしたのは1991年です。(検証朝日新聞従軍慰安婦問題①年表) 我が家では昔から朝日新聞を購読していました。 当時もそうでした。
 私は戦後生まれですし、戦後民主主義の教育しか受けていませんから、それまで朝日新聞の論調にはあまり疑問を持っていませんでした。

 しかしこの朝日新聞でこの「従軍慰安婦」の特集が連載されると、さすがに驚きました。

 なにしろこの連載では、日本軍が朝鮮人の少女を手当たりしだい、暴力で無理やり拉致したと言う話だったのですから。
     
    

 しかし私はそれまでそんな話は全く知りませんでした。 当時の事を書いた小説や兵士の手記など、結構いろいろ読んだ事があるのですが、そんな話は全く出ていません。 731部隊のような特殊な部隊なら、一般の兵士が知らないところで何をしていてもわかりません。
 しかし慰安婦は当時出征した兵士が(私の父も)全てが、厄介になっています。 そのような状態で、こんな重大な話について秘密保持ができるとは思えませんでした。

 それでも天下の朝日新聞が明々白々たる捏造記事を載せるわけもないと思って、不可解に思っていました。

 しかし連載して間もなく「慰安婦=女子女子挺身隊」と書かれました。

 これには腰が抜けるほど驚きました。 女子挺身隊は軍事工場などで勤労奉仕をする組織です。 勿論、慰安婦とは何の関係もありません。 ちなみに男子挺身隊もいます。
 そして元挺身隊員だった人達は現在も大勢います。 田辺聖子さんのような有名作家が、その頃の体験を書いたり(欲しがりませんかつまでは)太宰治の代表作「斜陽」の主人公が挺身隊員だったり、あまりにも資料がありすぎてここで紹介しきれません。

 当然、読者からの抗議が殺到したのか、この記述については直ぐに訂正と謝罪の文が載りました。

 しかし朝日新聞の記者が、しかも戦争の問題について記事を書く人が、ここまで無知蒙昧で無教養とは本当に驚きました。

 これでもう朝日新聞は絶対に信用してはいけないと思い、これで我が家では朝日新聞を日本経済新聞に変えました。
 
  

 しかしこの騒動はそれでも終わっていません。 この朝日新聞の強制連行説が、全く捏造である事が証明されても、この捏造に韓国が飛びつき、現在もこの線で騒ぎ続けているからです。

 現在日本ではこの強制連行説はさすがに姿を消しました。 しかし「従軍慰安婦」で騒ぎたい人々は、そんな事で諦めずに「広義の強制」とか「trafficking」とか、次々と珍説を繰り出して日本軍を非難しています。

 しかしこの珍説の数々を見れば明らかなのですが、当時の社会状況からは全く非現実な事を問題にしているのです。

 つまり当時の日本も、中国や朝鮮では現在も、そして世界中で女性が家族の為に売春でお金を稼ぐことなど、当たり前なのですが、それを日本軍が容認したのが悪いとかいった理由で、日本軍を非難するのです。

 軍隊は別に売春防止の為の慈善団体でも、フェミニズム運動の機関でもありません。

 常識的な発想なら軍が慰安所の運営に関与しても、それでそこで働く女性達が、当時の普通の売春宿の娼婦達よりそこそこましな労働条件なら、問題は無いと思うのですが、彼らは違います。 
 勿論当時の社会状況も、日本軍の戦況もおかまいなしです。

 本来の目的が日本軍悪の権化と宣伝する事ですから、理由はどうでも良いのでしょう。

  

 韓国の対応はより悪質です。 現在も事実無根の「女子挺身隊=慰安婦」説を現在も喧伝しています。 自動翻訳で日本語で「慰安婦」と書きこめば、韓国側では「挺身隊」と翻訳されます。

 韓国にも元女子挺身隊員は大勢います。 男子挺身隊員も大勢います。 多くは当時女学生や中学生だった人々です。 当時、進学率は現在より遥かに低く、御令嬢、御令息だった人達です。
 当然、韓国の知識階級の母上や父上に元挺身隊員が多いでしょう。

 しかし現在も平然とこの嘘を喧伝しています。

 そして韓国の「従軍慰安婦」達が日本を非難している理由は、身売りや女衒の話ではありません。

 今なを「拉致されて売春を強制された」と言っているのです。 韓国の韓国の国会議員、金元雄氏などは「韓国には20万人の横田めぐみさんがいる」と言うのです。

 しかし韓国でこの話を普通の「身売り」にできないのは当然ですね。 そんな事は韓国では現在も盛んにやってる事ですから。

      

 この慰安婦騒動で私が知ったのは、「世の中には平気で嘘を言う人々がいる」と言う事です。 しかも「その嘘に実に簡単に騙される馬鹿がいる」と言う事です。
 そして一旦嘘が出回ると大変始末が悪いと言う事です。

 普通の裁判ではコロコロと変る証言なんか採用されません。 最初に拉致されたと言い、次に騙されて売られたと言い、さらには自由に廃業させなかったのが悪いと言う新設ま出てきました。
  
 これらの珍説を並べている人々が、馬鹿なのか悪党なのか、私には判断できません。 しかし馬鹿でも悪党でも信用してはいけない人々である事は確信しています。

 悪党は日本を鴨にしようとしているのでしょう。 馬鹿は鴨になりたいのですね。 馬鹿や悪党の言う事は信用してはいけないのです。 鴨にされるては困りますから。

  

 最後にこのエントリーは前から書きたかった事ですが、kakikomiさんのコメントを読んでいて、実際に書く事ができました。 kakikomiさんに感謝します。

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リビア砂漠探検記 ニュース記事に関連したブログ

2011/10/22 20:43

 

 カダフィー大佐は遂に死亡しました。 「独裁者」と言うことで外国の軍隊が、勝手にリビアを爆撃するのも、日本だけでなく世界のマスゴミも問題にしないようです。

 

 しかしリビアってホントはどんな国だったのでしょう。

 以下は2009年9月24日のワタシのエントリーです。

 

 これをエントリーした時には、誰もカダフィーの独裁を問題にはしていなかったのですが。

 

 

 カダフィー大佐は相変わらず意気軒昂のようです。 それで大昔に読んだ本、石毛直道の「リビア砂漠探検記」を思い出しました。

 

 この本は人類学者石毛直道が1968年研究の為、リビア砂漠の真ん中にあるオアシスで生活する農民を調査した時の体験と、その後トリポリからチャドとナイジェリア国境の街フォール・ラミーまでのトラック便での旅の体験を書いたものです。

 

 ワタシがこれを読んだのは1970年代初頭ですが、その頃はまだ今に比べて世界は大きく、サハラ砂漠の奥地に行ったりするのは、彼のような人類学者でもなかなか大変だったようです。

 

  

 

 ここで非常に驚いたのが、この当時既にサハラ砂漠の真ん中の人口数十人の集落で、その半数弱が公務員だったことです。

 この著者が調査したオアシスでは、ナツメヤシと牧草と人参など野菜類を栽培していました。 しかし老人などは殆ど全部公務員として国から給料を貰っていたのです。

 

 どんな公務員かと言うと、数年に一度行う国勢調査のときに、調査用紙を配ってその後それを回収するとか、そんな仕事です。

 

 でもなにしろこの国は石油収入で完全に国庫が賄えるので、後はそれをどのように国民に分配するかだけ考えれば良いのです。

 

 だから砂漠の真ん中のオアシスで伝統農業を続ける人は続け、それができない老人は公務員として給料を貰えば良いと言う、ある意味極楽国家でした。

 

  

 

 イスラム世界でもエジプトイラクなど古くから文化が栄え、商業の中心になった地域もありますが、リビアは余りに厳しい自然故か歴史を通じて都市もそれほど栄えませんでした。

 

 多くの国民は石毛氏の調査したような農業か、オアシスの周りでの牧畜で暮らしていました。 人口も極僅かです。

 だからそのような国が大金を手にした時に、無理に資本主義化せずに金は皆で仲良く分けて、ノンビリ平和に暮らすと言うのは、結構賢い選択ではないかと思えました。

 

  

 

 フォール・ラミーへの旅は、トリポリから乗り合いトラックが出ていたのに便乗しての旅です。 日本の長距離バスと同じシステムなのですが、オンボロトラックで料金により荷台と運転席の区別があって、荷物も大量に持ち込めるのです。

 

 砂漠エンコしたら危険なので2~3台でキャラバンを組んで行きますが、トリポリからフォール・ラミーまで何日も掛かります。

 

 その間砂漠で山賊に会ってミカジメ料を取られたりするのですが、これは想定内でした。 

 当時はアラブ世界ではナセルの名声が絶大だったのですが、この山賊達も自称ナセルに共鳴するアラブ民族主義者で、彼らはお金だけでなく乾電池を要求しました。 

 

 彼等は石毛氏に自慢気に日本製トランジスターラジオを見せ「俺達はこれでナセルの演説を聴くのだ」と言い、その為に乾電池がいると言うのです。

 

  

 

 石毛氏によればアラブ民族主義の隆盛には、当時世界に出回っていた日本製トランジスターラジオの役割が大きいようです。 何しろ砂漠ではラジオの電波は非常に遠くまで届く上、アラビア語は全アラブ世界共通です。

 乾電池さへあれば、砂漠の真ん中で楽しめるラジオは、遊牧民やオアシス農民にも絶大な人気があったのです。

 

 東欧の崩壊の時に、衛星テレビの役割が言われたのですが、ワタシはこれよりもアラブ民族主義の隆盛へのトランジスターラジオの役割のほうが大きいと思います。

 

  

 

 ワタシと母は所謂探検記が好きで、スウェン・ヘディンやリビングストンから、この石毛氏の所属した京都大学人類学研究グループの本を随分読みました。

 

 1970年代までは日本の大学もお金が無くて、研究費の工面と遣り繰りに大苦心しています。 その頃でも欧米のバッグパッカーは世界中自由に物見遊山をできたのですが、日本の大碩学達は財布と相談で研究をしていました。

 

 そして夕方テレビを付けたら、お相撲をしていて「モンゴル、ゴビ・アルタイ出身」などと力士を紹介していました。

 「ゴビ・アルタイ!!」こんな地名はスウェん・ヘディンの著書の世界だと思っていました。 でもそこで育った青年が力士としてちょん髷を結って活躍しているのです。

 

 時代は驚く程のスピードで変化するのですね。

 

 

 ムバラク政権、アサド政権、そしてカダフィー政権の元になったナセルのアラブ民族主義は、トランジスターラジオで湧き上がりました。

 

 そして今インターネットで壊滅しました。

 これが時代の変化でしょう。

 

 しかし短足おじさんが心配していらしたように、これでリビアが豊になることはないでしょう。 だって民主化しても別に経済運営の能力がいきなりできるわけではないのです。

 

 砂漠のオアシスで農業をやりながら公務員の給与を貰っていた人達はこれから一体どうなるのでしょうか?

カテゴリ: 世界から  > 中東・アフリカ    フォルダ: 古本

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冬空の会話 その2

2011/01/31 20:39

 

 明るく澄んだ冬空から鈴を振るような綺麗な声が聞こえます。 

 ナナカマドの並木道へ実を食べに来たキレンジャ君達の会話です。

 

 続きはこちらでご覧ください。

 

 http://yomo-uni.iza.ne.jp/blog/entry/2135282/

 

 このブログはイザの容量が満杯になったので、イザブログ内で引っ越しました。 

 よもちゃん共々、今まで同様頑張りますから、これからも宜しくお願いします。

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猫頭鷹

2011/01/31 20:35

 

 冬になってから私は毎夜よもちゃんとお散歩しています。 雪の夜は明るく、よもちゃんは元気一杯です。

 

 続きはこちらでご覧ください。

 

 http://yomo-uni.iza.ne.jp/blog/entry/2135219/

 

 このブログはイザの容量が満杯になったので、イザブログ内で引っ越ししました。

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 これからも今までと同じように、よもちゃん共々頑張りますから、宜しくお願いします。

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損農壊国 TPP

2011/01/31 20:30

 

>マスゴミと民主党の掲げるTPPのスローガンは「尊農開国」だそうです。 

 そう言えば前に紹介したチャンネル桜での討論会でも、産経新聞の田村記者始め、TPP賛成派の人達は、しきりに農業の問題を口にしていました。

 

 続きはこちらご覧ください。 

 

 http://yomo-uni.iza.ne.jp/blog/entry/2134794/

 

 

 このブログはイザの容量が満杯になったので、イザブログ内で引っ越ししました。 

 今後も今まで同様に更新を続けますから、RSS登録をなさっている方は、申し訳ありませんがそちらへ登録を変えてください。

 

 

カテゴリ: その他    フォルダ: 民主党

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引っ越しします

2011/01/30 09:09

 

 ブログの使用容量が満杯になったので、引っ越しします。

 

 引っ越し先は、こちらです。

 

  http://yomo-uni.iza.ne.jp/blog/

 

 前にも満杯になったのですが、その時は画像一覧の写真をバンバン消しました。 すると容量は空くのですが、一年ほどすると写真が消えてしまいます。

 

 それだと哀しいので、今度は新しいブログを開いてそちらに引っ越す事にしたのです。

 

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 今後もよもちゃん共々、宜しくお願いします。

 

  

 

 

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冬空の会話

2011/01/29 19:43

 

 寒い日が続きます。 けれど空は爽やかに晴れています。

 青空から鈴を振るような綺麗な声のおしゃべりが聞こえてきます。

 

 

  

 

 オ~イ、オマイラ、いつまで食ってるんだ?

 皆待ってるんだからな、いい加減に替れよ!

 

  

 

 五月蝿いなあ、飯ぐらいゆっくり食わせろよ。 オマイラだって、昨日散々待たせただろう?

 

  

 

 そうよ。 貴方達の分はちゃんとあるから、そんなにせかせるものじゃないわ。 お食事はゆっくり食べないと体に悪いのよ。

 

  

 

 ねえ貴方、この実、少し排ガス臭くないかしら?

 

 しょうがないだろう。 道路脇の木なんだから。

 

  

 

 札幌市はナナカマドの並木のある道路は、実が成っている間、通行止めにするべきじゃないか?

 それに道路の並木は全部ナナカマドにするべきだ。 北一条通りなんか白樺並木じゃないか。

 これって全く無駄だろう。 ミンスは無駄をなくすって言ったくせに。

 

  

 

 なんだアイツラ、俺たちを待たせておいて、食べないでしゃべってるぞ。 

 オイ!! 好い加減にしろ!!

 

  

 

 あのなあ、ナナカマドの並木を増やすように札幌市に要求するのは、重要な話だぞ。 将来的に俺たちの食料を確保するために絶対必要な要求じゃないか?

 

  

 

 そんなの、ヒレンジャクにやらせろよ。

 

  

 

 何でヒレンジャクなんだ?

 

  

 

 オマイ、知らないのか? 札幌市長はミンスだ。 だから赤が好きなんだ。 

 俺たちキレンジャクの言うことは聞かなくても、ヒレンジャクの言うことなら喜んで聞くだろう。

 

  

 

 その話だけどなあ、俺がヒレンジャクに聞いたところじゃ、前に連中がミンス議員の所へ陳情に行ったんだ。

 で緋連雀が名乗ると大歓迎だったんだ。 ところか途中で、連中の学名がBombycilla japonicaで、日本と付いてるのがバレたんだ。

 そしたらミンス議員の態度がコロリと変わって、危うく焼き鳥にされそうになったんだそうだ。

 だから俺たちに陳情してくれってさ。

 

 

 明るい冬空のから、美しい声が響きます。

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